心不全のより適切な管理のために
監修・症例提供:慶應義塾大学医学部 循環器内科 専任講師 遠藤仁 先生
紹介の経緯
患者さんの年齢・性別 | 70代、男性 |
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紹介元 | 心不全で入院していた都内の他大学病院 |
紹介理由 | 心アミロイドーシスの疑い |
検査所見 | 心不全の急性増悪で他院に緊急入院(入院時、心房細動の再発はなく洞調律)。心不全加療後に原因精査のため、心エコーを行ったところ、左室の対称性肥大と拡張障害、両心房の拡大を認め、右室の肥大も確認された。左室肥大の精査で造影心臓MRIを行ったところ、左室の内膜全周性に遅延造影像が確認され、心アミロイドーシスが疑われた。 |
既往歴 | 心不全発症の5年前に心房細動のアブレーション手術歴、2年前に手根管症候群の手術歴あり。 |
紹介後のスクリーニング検査
心エコー:対称性の左室肥大を認め、ストレイン解析でGlobal Longitudinal Strain(GLS)低下を認め、apical sparingパターンを呈した。
心エコー画像

脚注:対称性の左室肥大および両心房の拡大(図中赤〇)が確認できる。

脚注:ストレイン解析でapical sparingパターンを認める。GLS -10.1%
血液検査:当院受診時、BNPは127.7pg/mL、トロポニンは0.053ng/mL。腎機能は低下しており、クレアチニンが1.27mg/dL、eGFRは44mL/min/1.73m2であった。
診断所見
99mTcピロリン酸シンチグラフィでGrade 3の強い集積像を確認し、ATTR心アミロイドーシスに合致する所見だった。
シンチグラフィ(3時間後撮影)の造影画像

脚注:SPECT/CTで、心臓に一致した集積像が確認できる(白点線)。
フォローアップ頻度と検査内容
フォローアップ頻度:治療薬を70日処方で出すことが多く、フォローも3ヵ月から2ヵ月間隔。
フォローアップ時の注意事項:バイオマーカーはBNPとトロポニンで、画像検査としては心エコーを実施。基本的には一般の心不全と同じように診ているが、特に注目する検査値としてはトロポニンが挙げられる。TTR安定化薬の服用でトロポニンの値が緩徐に下がるケースが散見されており、予後と相関があると考えられる。
現在の病状
意識的に過度な労作を避けていて、日常生活は無症状で過ごせている。ただ、元々アスリートの方なので、運動が満足にできないことから、QOLの低下を感じている。
検査結果の推移から、心機能やバイオマーカーがゆっくりと悪化している。
監修医コメント
本症例は、もっと早いタイミングで気付くことができたかもしれない症例です。具体的には、①心房細動のアブレーション手術時、②手根管症候群の手術時、の2つのタイミングです。
ご年齢等を含めて総合的に考え、ATTRアミロイドーシスの可能性を考慮することが早期発見には重要です。
心エコー
心エコー画像

脚注:対称性の左室肥大および両心房の拡大(図中赤〇)が確認できる。
心電図

脚注:洞調律、青:1度房室ブロック、赤:左脚前枝ブロック、緑:偽梗塞パターン(R波増高不良)
MRI
MRI画像

脚注:左室内膜全周性に遅延造影像LGEを認める(図中赤丸)。
シンチグラフィ
シンチグラフィ(3時間後撮影)の造影画像

脚注:SPECT/CTで、心臓に一致した集積像が確認できる(白点線)。
1. Prevalence of transthyretin amyloidosis among heart failure patients with preserved ejection fraction in Japan
Naito T, et al. ESC Heart Fail. 2023; 10: 1896–1906.
左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)は、様々な疾患によって引き起こされ、公衆衛生上の大きな問題となっている。 ATTR-CMは、診断が遅れている疾患と考えられており、HFpEFの原因となりうる。99mTcピロリン酸シンチグラフィを用いた非侵襲的診断により、ATTR-CMの正確な診断が可能となる。本研究の目的は、日本人HFpEF患者におけるATTR-CMの有病率と特徴を明らかにすることである。本研究は、日本で実施された多施設前向き観察研究である。2018年9月から2022年1月までに循環器内科に入院した65歳以上のHFpEF(本研究では左室駆出率50%以上とした)患者373例を対象に、入院中に99mTcピロリン酸シンチグラフィを実施した。患者は、99mTcピロリン酸シンチグラフィ陽性(Grade 2~3)又は陰性(Grade 0~1)により、それぞれATTR-CM患者と非ATTR-CM患者に分けられた。HFpEF患者373人のうち、53人(14.2%、95%CI:10.7~17.7)が99mTcピロリン酸シンチグラフィ陽性であった。
2. TTR (Transthyretin) Stabilizers Are Associated With Improved Survival in Patients With TTR Cardiac Amyloidosis(海外データ)
Rosenblum H, et al. Circ Heart Fail. 2018; 11(4): e004769.
ATTR心アミロイドーシスは、TTRが単量体に解離し、アミロイド線維を形成することで引き起こされる。TTR安定化薬は二量体-二量体界面で作用し、解離を防ぐ。我々は、ATTRアミロイドーシス患者において、安定化薬を投与している患者と投与していない患者の生存率の差を調べた。本研究では120例(平均年齢75±8歳、88%が男性)が対象となり、 29例が安定化薬を投与され、91例が投与されなかった。安定化薬の使用は死亡又は同所心臓移植(OHT)の複合エンドポイントの低リスクと関連していた(HR0.32、95%CI:0.18~0.58、p<0.0001、Wilcoxonの順位和検定)。安定化薬投与群では、白人(93% vs 55%、p<0.001)、NYHAクラスI~II(79% vs 38%、p=0.002、Wilcoxonの順位和検定)、突然変異(10% vs 36%、p=0.010、Wilcoxonの順位和検定)、トロポニンI(中央値0.06 vs 0.12ng/mL、p=0.002、Wilcoxonの順位和検定)、LVEF(49% vs 40%、p=0.011、Wilcoxonの順位和検定)が低く、病期は安定化薬未投与群に対して早期であることが示唆された。安定化薬と死亡又はOHTとの関連は、すべての非一次変量予測因子で調整しても持続した(HR0.37、95%CI:0.19~0.75、p=0.003、Cox比例ハザードモデル)。