監修:高知大学医学部 老年病・循環器内科学講座 教授 北岡裕章 先生

1)TTRとは

トランスサイレチン(transthyretin:TTR)はプレアルブミンとも呼ばれ、四量体として存在し、甲状腺ホルモンであるサイロキシンやビタミンAであるレチノールと結合したレチノール結合蛋白(Retinol-binding protein:RBP)を輸送する他、生体内で様々な役割を担う重要なタンパク質です1,2)

TTRの役割

1)Liz MA, et al. Neurol Ther. 2020; 9(2): 395-402. 2)Vieira M, Saraiva MJ. Biomol Concepts. 2014; 5(1): 45-54.
3)Mullur R, et al. Physiol Rev. 2014; 94(2): 355-382. 4)Richardson SJ. et al. Front Neurosci. 2015; 9: 66.
5)Bar-El Dadon S, Reifen R. Crit Rev Food Sci Nutr. 2017; 57(11): 2404-2411. 6)Sklan D. Prog Food Nutr Sci. 1987; 11(1): 39-55.

2)FAPとは

家族性アミロイドポリニューロパチー(familial amyloidotic polyneuropathy:FAP)は末梢神経、自律神経、心臓、腎臓、消化管、眼等にアミロイドが沈着し、臓器障害を起こす疾患です3)
FAPは、遺伝的に変異を起こしたトランスサイレチン(異型TTR:ATTR)、ゲルソリン、アポAI等が前駆タンパク質となり形成された線維状の構造を持つ特異なタンパク質(アミロイド)が、神経節を含む末梢神経、自律神経系や他の組織に沈着することにより臓器障害を引き起こす常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の全身性アミロイドーシスです3)。この中でATTRが原因となって神経障害や臓器障害が起こるTTR-FAPが最も患者数が多いとされています3)

3)TTR-FAPの疫学

20歳代後半から30歳代に発症するケースが多く、症状は緩徐進行性で、未治療の場合、発症からの平均余命は約10年と報告されています4,5)。また、世代間ごとにFAPの発症が早くなる世代間促進現象が認められています3)
本邦では、熊本県と長野県、石川県にVal30Met(TTRの30番目のアミノ酸であるバリンがメチオニンに変異しているTTR遺伝子の点変異)を持つTTR-FAP患者の集積が確認されていますが、これに加えて25種類のTTR遺伝子に点変異を持つFAPが発見されています3)
スウェーデンでは、Val30Metの遺伝子保因者の数パーセントしか発症しないことが知られていますが、本邦においても、TTR遺伝子に変異を持ちながら、終生FAPを発症しない症例も経験されてきています3)

本邦のFAPの分布

日本神経学会(編). 家族性アミロイドポリニューロパチーの診療ガイドライン. p.4.
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/neuropathy.pdf. 2025年2月26日閲覧

4)TTR-FAPの症状

初期症状

本邦で主にみられるVal30MetタイプのTTR-FAPの初期症状としては、多発神経炎による下肢の感覚障害が初発症状として最も多いと報告されています。その他にも、自律神経障害による下痢、便秘、吐気、嘔吐等の消化器症状、起立性低血圧による失神、男性では勃起不全等多彩な症状を呈するとされています6)
一方、他の遺伝子変異型で、不整脈、手根管症候群による上肢の感覚障害や硝子体混濁による視力低下を初発症状とする症例も少なくなく、初診時の診断に苦慮するケースも報告されています3)

末梢神経障害3)

末梢神経の症状は一般に自律神経、感覚神経、運動神経の順で症状が出現することが多いとされています。
自律神経障害としては、発汗障害、勃起不全、交代制下痢、便秘、吐気等の消化器症状、起立性低血圧、膀胱直腸障害等多彩な症状を呈します。ほとんどのFAP患者では症状の進行とともに無緊張性膀胱による排尿障害が生じます。このような神経因性膀胱は尿路感染を誘発し、低下した腎臓機能をさらに悪化させることがあり、充分な管理が必要とされています。
感覚障害は通常下肢末梢から上行し、左右対称性でglove & stocking状分布を示します。下肢、上肢、胸腹部(島状感覚障害)、顔の順に進行します。感覚障害はしびれ感、温痛覚障害が主体で、触覚、位置覚、振動覚の障害は軽く、いわゆる解離性感覚障害を呈しますが、進行すると全感覚が障害されます。上肢の症状は手根管症候群によるものが多いとされています7)
運動神経障害は筋萎縮、筋力低下等がみられ、通常感覚障害より2~3年遅れて出現し、末梢優位に下肢から上肢へと進行します。進行例では、舌の萎縮や筋線維束攣縮もみられます。筋生検ではアミロイド沈着は軽度で、神経原性変化がみられ、運動神経の障害が主体と考えられています。関節位置覚の障害によるCharcot関節も、進行した患者でしばしば認められます。

消化器症状3)

症状の進行とともに高度な交代性下痢、便秘が出現し、末期には持続性の下痢となり、吸収障害も生じます。吐気、嘔吐がしばしばみられます。食物の胃への滞食、吐気により食物摂取が困難となる場合も少なくなく、時として高カロリー輸液を行う必要性が生じることがあります。

循環器系障害3)

早期より自律神経障害による末梢循環障害や起立性低血圧及び心伝導系へのアミロイド沈着による房室ブロック等の不整脈が生じます。進行すると起立性低血圧による失神や、心伝導系の障害による突然死がみられることもあります。起立性低血圧は、FAP患者において最も多くみられる症状の一つであり、起立時に脈拍の代償性増加を伴わないことが多く、患者はめまい感、失神により日常生活を妨げられます。起立直後や、起立の数分後に失神をすることがあり、薬物治療等が必要です。

眼症状3)

ATTRは肝臓のみならず網膜からも産生されており、アミロイド沈着による硝子体混濁はFAP患者に多く認められます。硝子体混濁を初発症状とした例もあります。前眼部へのアミロイド沈着も認められ、これにより緑内障をきたし、失明の原因となります。これに加え、自律神経障害による結膜血管の微少動脈瘤、乾燥性角結膜炎、瞳孔の異常も高頻度に認められます8)

褥瘡3)

自律神経障害による末梢循環障害のため、著しい褥瘡を形成しやすく難治性です。

Val30MetタイプのTTR-FAPの臨床症状

日本神経学会(編). 家族性アミロイドポリニューロパチーの診療ガイドライン. p.5.
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/neuropathy.pdf. 2025年2月26日閲覧

1)Liz MA, et al. Neurol Ther. 2020; 9(2): 395-402.
2)Vieira M, Saraiva MJ. Biomol Concepts. 2014; 5(1): 45-54.
3)日本神経学会(編). 家族性アミロイドポリニューロパチーの診療ガイドライン. p.2,4,5-7. https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/neuropathy.pdf. 2025年2月26日閲覧
4)Ikeda S, et al. Neurology. 2002; 58(7): 1001-1007.
5)Ando Y, et al. Arch Neurol. 2005; 62(7): 1057-1062.
6)Ando Y, Suhr OB. Amyloid. 1998; 5(4): 288-300.
7)Ikeda S. Clin Chem Lab Med. 2002; 40(12): 1257-1261.
8)Ando E. et al. Br J Ophthalmol. 1997; 81(4): 295-298.

1)FAPの臨床診断の基準1)

FAPの診断基準は
① 確実
主要事項①の中の(a)~(d)の2つ以上とアミロイド前駆タンパク質の遺伝子異常を認める場合
② 疑い
家系内に確実者があり、主要事項①の中の(a)~(d)の1つ以上を認める場合
の2つがあります。

FAPの診断基準

日本神経学会(編). 家族性アミロイドポリニューロパチーの診療ガイドライン. p.10.
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/neuropathy.pdf. 2025年2月26日閲覧

2)TTR-FAPの確定診断1)

確定診断には胃、十二指腸、腹壁の生検組織のコンゴーレッド染色、抗TTR抗体を用いた免疫染色等の組織診断、血清診断、遺伝子診断が行われます。
ヒトのTTR遺伝子は、18p11.1-q12.3に存在し、4つのエクソンから成っています。また、世界及び本邦において最も多い変異であるVal30Met2,3)変異は第2エクソンに存在しますが、蛍光標識したプローブとPCR産物の結合を融解曲線にて評価するLightCyclerを用いた方法により、より迅速な診断が可能となっています。

1)日本神経学会(編). 家族性アミロイドポリニューロパチーの診療ガイドライン. p.10-11. https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/neuropathy.pdf. 2025年2月26日閲覧
2)Yamashita T, et al. J Neurol. 2018; 265(1): 134-140.
3)Parman Y, et al. Curr Opin Neurol. 2016; 29 Suppl 1(Suppl 1): S3-S13.

1)肝移植

TTR-FAPの根治療法としては、TTRの90%以上が肝臓で産生されるため、肝移植が行われています。
60歳以下、発症後5年以内、歩行可能である、有意な心肥大がない等の条件を満たした患者が本治療を受けると、術後、症状が進行停止すること、自律神経症状が軽度改善すること等が明らかになっています1)。肝移植後は免疫抑制剤の長期服用が必要となります1)。移植後も網膜の色素上皮細胞からATTRが産生されるため、アミロイド沈着による硝子体混濁や、緑内障は移植によっては阻止できないとされています。まれに移植後も心症状や肥大が進行することが報告されています1)
一方、肝移植は、TTR四量体安定化薬の登場により、減少したとも報告されています(海外データ)2)

2)核酸医薬(siRNA)

siRNA製剤は、「サイレンサー」と呼ばれ、肝臓からのTTR産生を抑制します。つまり、原料をなくすことでアミロイドの形成を抑制します。
siRNAは、21塩基前後の短い2本鎖RNAで、細胞質内で相補的な配列を有するmRNAの切断・分解を誘導し、タンパク質翻訳を阻害するRNA干渉(RNA interference:RNAi)という元来細胞内に備わった遺伝子サイレンシング機構を利用しています3)

3)TTR四量体安定化薬

TTR四量体安定化薬は、「スタビライザー」と呼ばれ、TTRに結合することでTTR四量体を安定化させ、単量体への解離を抑制します。その結果として、アミロイドの形成が抑制されます。

4)対症療法

種々の臨床症状に対する対症療法は、患者の生活の質(QOL)を保証する有効な手段として行われています1)

FAPの対症療法

日本神経学会(編). 家族性アミロイドポリニューロパチーの診療ガイドライン. p.13.
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/neuropathy.pdf. 2025年2月26日閲覧

1)日本神経学会(編). 家族性アミロイドポリニューロパチーの診療ガイドライン. p.13-14. https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/neuropathy.pdf. 2025年2月26日閲覧
2)Ruberg FL, et al. J Am Coll Cardiol. 2019; 73(22): 2872-2891.
[COI:著者のなかにはEidos Therapeutics, Inc. よりコンサルティング料等を受領している者やEidos Therapeutics, Inc. による臨床試験の関係者が含まれる]
3)横田隆徳(編).実験医学増刊 39(17), 2021. p.3,7.