症例紹介:早期紹介で診断に結びついた左室肥大と低電位・QRS幅拡大を認めたATTR-CMの症例
監修・症例提供:久留米大学病院 循環器病センター 教授 田原宣広 先生
本症例のポイント
- 心アミロイドーシスが疑われる症状があれば、専門施設に積極的にご紹介いただきたい。
- 心不全を増悪させないフォローアップが重要であり、定期的なモニタリングが求められる。
- トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)診療には他科・多職種連携が必要で、目的の共有や情報交換が円滑な連携につながる。
紹介の経緯
患者さんの年齢・性別 | 70代、男性 |
---|---|
紹介元 | 八女市クリニック。医師は循環器内科医 |
紹介理由 | 心アミロイドーシスの疑い |
検査所見 | 心電図、心エコー、レントゲン検査を実施。心電図の経時的な所見では、年々QRS幅の拡大あり。心エコーを実施したところ、15mm程度の左室肥大が確認された。 |
既往歴 | 10年程前に両側手根管症候群に対して手根管開放術の既往あり。 |
監修医コメント
本症例は、私が知る限り最も非侵襲的に心アミロイドーシスを見つけたケースだと思います。心アミロイドーシスを少しでも疑う所見に気づいたら、是非、専門施設にご紹介ください。
紹介後のスクリーニング検査
心電図:典型的な所見である。下図は、2016年と2024年の心電図の比較である。左が2016年、右が2024年で、並べてみると、伝導障害の進行が認められ、QRS幅が延長している。また、2024年の心電図では、偽梗塞パターンが認められる。
2016年と2024年の心電図比較

脚注:8年前と比べて、伝導障害(I度房室ブロック+完全右脚ブロック+左脚前枝ブロック)が進行しており、QRS幅が延長している。 PQ 188ms, QRS 94ms→PQ 230ms, QRS 114ms。
MRI:左房・左室基部(内膜)の遅延造影について、いずれも集積は少なく、軽症例といえる。
内膜側のMRI画像

脚注:左房・左室基部(内膜側)に遅延造影を認める。

脚注:左室内膜に遅延造影を認める。
心エコー:左室中隔厚/後壁厚15/16mmと左室肥大を認めた。
経胸壁心エコー画像



脚注:中隔厚/後壁厚15/16mm、左室拡張末期径/左室収縮末期径46/34mm、左室駆出率 50%、E/e’13.2


脚注:左室肥大を認め、左室駆出率は正常範囲。

脚注:Apical sparing LV-GLS 14.7%
診断所見
シンチグラフィ:99mTc-HMDPシンチグラフィでは、3時間後撮影のH/CL比(心臓/対側肺野比)は2.53で、Perugini grade 3の心臓集積を認めた。この結果から心アミロイドーシスであると診断することが可能であった。
99mTc-HMDPシンチグラフィの造影画像

脚注:骨シンチにて、Perugini grade 3の心臓集積を認める(図中矢印)。H/CL比は対側の胸部を対象として算出した。
心筋生検:診断は心筋生検で行った。コンゴーレッド染色陽性で、確定診断とした。
染色後の心筋組織画像

提供:熊本大学大学院生命科学研究部 脳神経内科学 植田光晴先生
脚注:コンゴーレッド染色で橙赤色に染まり、偏光顕微鏡下で緑色の複屈折を示す。抗トランスサイレチン抗体を用いた免疫染色によりトランスサイレチン型アミロイド蛋白と同定された。
現在の病状
現在は脊柱管狭窄症の症状に悩まされている。胸部単純X線写真で胸水が疑われ、軽い息切れを認めるが日常生活に支障は認めない程度の自覚症状である。
胸部単純X線写真

脚注:8年前と比べて、心陰性は拡大しており、両側胸水を認める。
フォローアップ頻度と検査内容
ストラテジー:当院では、最初に治療薬を出す場合、2~4週間程度の処方を行い、副作用チェックを行う。その後、本人が当院の受診継続を希望された場合には引き続き当院で診療する。ご自宅から近い病院を希望された場合には、治療薬の処方が可能な病院へ紹介するようにしている。
検査内容:採血、心電図、心エコー、MRI、6MWT、握力、KCCQ、認知機能
検査頻度:可能な限り6ヵ月毎に行う。検査日は、朝の8時半にご来院いただき、15時頃に全ての検査が終了。検査項目が多いため、患者さんの希望によっては2日間に分けて行う場合もある。
主なフォローアップ指標:NT-proBNPが基本ではあるが、数値の変動が大きいため解釈には注意が必要である。また、将来的には血中TTRレベル*1もよい指標になると考えている。
*1:ATTR-CMに関するTTR検査は保険適用外
注意事項:心不全増悪の確認が非常に重要である。患者さんが来院時に元気であっても、体重が増え、下腿浮腫が出現、胸部レントゲンを撮って確認すると胸水が溜まっている方もおり、患者さんの訴えや検査数値はもとより、理学的所見や画像での確認も重要と感じている。また、慢性心不全では生活指導も大切と考えている。治療を開始しても塩分過剰やオーバーワークにより、心不全が増悪してしまうケースもある。患者さんの生活スタイルを考慮に入れ、体重測定や減塩など、その患者さんに適した生活・食事指導を細やかに行うように心がけている。
監修医コメント
ATTR-CMの症状としての心不全を悪化させないためにも、細やかなフォローアップが必要です。治療効果を判断するための指標は確立されていませんが、血中TTRレベルの有用性が報告されており、治療効果の判定に有望である可能性があります。
他科との連携
主に連携している診療科:主に脳神経内科、整形外科
神経内科との連携:当院では野生型だけでなく遺伝性の患者さんもいらっしゃるので、必ず脳神経内科と循環器内科を併診するようにしている。また、野生型のATTR-CM患者さんであっても、神経症状の有無を確認してもらう等、お互いの科で患者さんを紹介し合うこともある。実際には、野生型であれば神経症状の出る患者さんは少ないが、脳神経内科の診察をお願いしている。
整形外科との連携:当院の整形外科医に病理出身の先生がいるため、手根管症候群手術後の組織採取や、組織の染色作業で協力していただくことが多い。手根管症候群の滑膜組織を調べてみると、相当数でTTR由来のアミロイド蛋白が確認されている。
整形外科医によるATTR-CMの拾い上げは、実現すれば大きな意味を持つ。心症状が出ていない段階であれば、かなりの早期発見となり、その後の心症状の出現に備えることができる。ただし、心症状がなければIVSTは7~8mmであることが多いため、長期間にわたり、ATTR-CMをどのようにスクリーニングしていくかが今後の課題である。
他科連携のポイント:1つ目は、症状の早期発見や研究の推進といった同じ目的を共有すること。2つ目は、積極的な情報交換。自分の常識が他の医師の常識とは限らない。「ATTR-CMの心症状は、手根管症候群の5~10年後にあらわれることがある」と他科の医師に伝えたところ、初耳だと驚かれた経験もある。
他職種との連携
臨床検査技師:当院では慢性心不全や肥大心の精査で紹介される例が多く、心エコーの経験値が高い技師さんから詳細な所見に加え、「心アミロイドーシスが強く疑われます」とレポートに書かれていることもある。
また、治験診療においても技師さんの協力は欠かせない。プロトコールで定められた細かな画像検査の指定を反映していただく必要があるためである。技師さんがいるからこそ、治験に参加できると考えている。
監修医コメント
ATTR-CM診療にあたっては、他科・多職種での連携が必要です。当院での事例も参考に、是非院内連携の促進を図ってみてください。