トランスサイレチンとアミロイドーシス
監修:高知大学医学部 老年病・循環器内科学 教授 北岡裕章 先生
トランスサイレチンから知るアミロイドーシス
動画要約
- トランスサイレチン(TTR)は人体にとって重要な役割を果たす。
- TTRの不安定化はトランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)の根本原因である。TTRの安定化レベルを高く保つことがATTR-CMの進行抑制には重要である。
- TTRにはV122I、T119M等の遺伝子変異が知られており、四量体の解離速度が速いもの(例:V122I、L55P)はアミロイド形成を促進し、解離速度が遅いもの(例:T119M)はアミロイド形成に抑制的に働く。
- TTRの安定化のレベルを高く保つことは、新たなアミロイドの集合・凝集を防ぎ、心症状の進行を遅らせることにつながる。
TTRは、プレアルブミンとして知られていますが、甲状腺ホルモンであるサイロキシン(=チロキシン)やビタミンAの1種として知られるレチノールの輸送を担う重要なタンパク質です
1,2)。
サイロキシン及びレチノールはいずれも体内で重要な役割を持っています。
サイロキシンは、代謝3)や脳機能の調節をする役割を担っています。成人期に不足すると、疲労、無気力、男性機能障害、体重増加、冷え性、重度の場合は鬱病につながる可能性があるとされています4)。
レチノールは、生涯を通じて必要とされる栄養素で、視力、細胞分化、増殖、正常な上皮細胞の維持、免疫機能など多様な機能の制御に関わっています5)。不足すると、夜盲症、易感染を引き起こすとされています6)。
加えて、TTR自身は、神経の保護、記憶や認知機能維持、脳虚血からの保護において重要な役割を果たします1,2)。
TTRの大部分は、肝臓で産生され、血液中を循環します7)。また、脈絡叢や網膜色素上皮でもTTRの産生が確認されています8)。
TTRの役割

1) Liz MA, et al. Neurol Ther. 2020; 9(2): 395-402. 2)Vieira M, Saraiva MJ. Biomol Concepts. 2014; 5(1): 45-54.
2)Vieira M, Saraiva MJ. Biomol Concepts. 2014; 5(1): 45-54.
3)Mullur Rashmi, et al. Physiol Rev. 2014; 94(2): 355-382.
4)Richardson SJ, et al. Front Neurosci. 2015; 9: 66.
6)Sklan D. Prog Food Nutr Sci. 1987; 11(1): 39-55.
7)Hawkins PN, et al. Ann Med. 2015; 47(8): 625-638.
8)Ruberg FL, et al. Circulation. 2012; 126(10): 1286-1300.
加齢や遺伝子変異によってTTR四量体が不安定化することが、ATTR-CM発症の根本原因です1,2)。
TTRは通常、四量体を形成していますが、構造の不安定化により、単量体へ解離します。単量体はミスフォールディングを起こし、集合・凝集してアミロイドを形成します2)。ATTR-CMでは、アミロイドが心臓のあらゆる構造に浸潤し3)、心臓壁の肥厚や拡張障害・収縮障害・伝導障害等を引き起こします4)。
また、アミロイド由来の心不全は心筋リモデリングよりも、主に間質へのアミロイドの浸潤によって引き起こされるため、β遮断薬の使用は有益ではないとされ、ACE阻害薬やARBといった従来の心不全治療薬についても、忍容性が低く、症状の悪化を招くリスクがあるとされています5)。
TTRが不安定化する要因により2つのサブタイプ(野生型、遺伝性)にわけられ、それぞれ異なった特徴を有しています。2つのサブタイプはそれぞれ、加齢による変化(野生型)やTTR遺伝子の変異(変異型)等により、TTR四量体を不安定化する構造変化を引き起こす可能性があります1)。
ATTR-CM発症の流れ

Ruberg FL, et al. J Am Coll Cardiol. 2019; 73(22): 2872-2891.
2)Ruberg FL, et al. J Am Coll Cardiol. 2019; 73(22): 2872-2891.
3)Yilmaz A, et al. Clin Res Cardiol. 2021; 110(4): 479-506.
5)Grogan M, Dispenzieri A. Heart Fail Rev. 2015; 20(2): 155-162.
1) 血漿TTRレベルと心不全発症リスク
血漿TTR レベルと心不全発症との関連を検討した研究で、血漿TTR 低値群*、中間群*、高値群*で比較したところ、低値群では他2群より心不全の発症リスクが有意に高いことが報告されました(p <0.001、Gray検定、海外データ)1)。
- 血漿TTR レベルが5パーセンタイル以下を低値群、5~95パーセンタイルを中間群、95パーセンタイル以上を高値群と定義している。

方法:全国市民登録システムを使用して自記式質問票、身体検査、及び血液検査からデータを取得し、TTRのパーセンタイルによって層別化された血液検査からの経過年数の関数としての心不全の累積発生率を算出した。
解析:層別化は血中のTTR濃度で行われ、2つのコホート研究の集団毎に≦5パーセンタイル(TTR低値群)、>5-95パーセンタイル(TTR中間群)、>95パーセンタイル(TTR高値群)に分けられた*。血漿TTR濃度に最も関連するベースライン特性は95%CI正規化回帰係数によって特定され、ベースラインの血漿TTR濃度による心不全のハザード比はCox回帰によって計算した。また、競合イベントとして全死因死亡率を使用し、ノンパラメトリックなAalen-Johansen推定量を使用して、血液検査からの経過年数の関数として心不全の絶対確率を計算した。
リミテーション:高血圧や虚血性心疾患などの心不全の原因は特定できなかった。また、本研究ではサンプル数に限りがあるため2つのコホートにおいて異なるTTRの測定方法が使用され、白人のみを対象とした。
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TTR低値群の濃度は、Copenhagen General Population Studyでは7.0-19.0mg/dL、Copenhagen City Heart
Studyでは1.0-14.4mg/dLであった。
TTR中間群の濃度は、Copenhagen General Population Studyでは19.1-40.8mg/dL、Copenhagen City Heart Studyでは14.5-38.0mg/dLであった。
TTR高値群の濃度は、Copenhagen General Population Studyでは40.9-77.7mg/dL、Copenhagen City Heart Studyでは38.1-86.7mg/dLであった。
Greve AM, et al. JAMA Cardiol. 2021; 6(3) 258-266.
Kaplan-Meier解析(海外データ)

TTR18mg/dL以上:4.1年(95%CI:3.6-5.5年)
TTR18mg/dL未満:2.8年(95%CI:1.4-4.0年)
方法:追跡調査期間中に治療を受けなかった患者をベースラインのTTR閾値(18mg/dL)によって層別化し、生存率を比較した。
解析:追跡調査期間中に治療を受けなかった患者(n=101)を、ベースラインのTTR閾値18mg/dLによって層別化した。OS曲線はKaplan-Meier法で推定し、log-rank検定を用いて比較した。
リミテーション:比較的少人数の患者コホートでの検討のため、検出力は低かった。本研究では、心エコー、心臓MRI、核画像データ及びATTRwt-CM患者のモニタリングにおいて重要と考えられているNT-proBNP測定は行っていない。
Hanson JLS, et al. Circ Heart Fail. 2018; 11(2): e004000.
2) 血清TTRレベルと死亡リスク
ATTRwt(野生型ATTR)患者の血清TTRレベルと生存率との関連について、血清TTRを低値群*、高値群*で比較した研究では、血清TTR 低値群は高値群と比較し生存期間が短かったことが報告されました(HR 2.3、95%CI:1.2~4.2、p=0.03、log-rank検定、海外データ)2)。
- 血清TTR18mg/dLを閾値として、18mg/dL以上を高値群、18mg/dL未満を低値群と定義している。
2)Hanson JLS, et al. Circ Heart Fail. 2018; 11(2): e004000.
TTRにはV122I、T119M等の遺伝子変異が知られており、四量体の解離速度が速いもの(例:V122I、L55P)はアミロイド形成を促進し、解離速度が遅いもの(例:T119M)はアミロイド形成に抑制的に働きます1)。
同定された変異体の中でも、T119M変異によるTTR四量体の安定化は、本来構造の37倍に及びます1)。
T119Mは効果的に四量体の解離を妨げ、アミロイドの形成を防ぐのに役立つことが知られています1)。
T119M保持者の血漿TTRレベルは、非保持者に対して高く(p=0.007、Mann-WhitneyのU検定、海外データ)、心血管疾患を含む血管疾患の発症リスクが30%減少したという報告があります(ハザード比0.7、95%CI:0.51~0.97、p=0.03、Cox比例ハザードモデル、海外データ)2)。
以上のことから、TTRの安定化のレベルを高く保つことは、新たなアミロイドの集合・凝集を防ぎ、心症状の進行を遅らせることにつながります1-4)。

Hammarström P. et al. Proc Natl Acad Sci USA. 2022; 99(Suppl 4): 16427-16432.
Hornstrup LS, et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2013; 33: 1441-1447.
2)Hornstrup LS, et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2013; 33(6): 1441-1447.
3)Greve AM, et al. JAMA Cardiol. 2021; 6(3) 258-266.
4)Hanson JLS, et al. Circ Heart Fail. 2018; 11(2): e004000.
ATTRアミロイドーシスの症状は、アミロイド沈着により障害を起こす部位によって異なります。
また、ATTRwtアミロイドーシスとATTRvアミロイドーシスで、障害の好発する部位に差があります。
1)ATTRwtアミロイドーシスで好発する症状1)
ATTRwtアミロイドーシスは、主に加齢によりTTR四量体が不安定化し発症します。症状は全身に出現する可能性がありますが、主に顕在化するのは関節・靭帯、心臓です。両側の手根管症候群はATTRwtアミロイドーシス患者において発症早期に出現する症状の1つであり、50~70代に心症状に先立って出現することが多いとされています。

日本循環器学会(編). 2020年版心アミロイドーシス診療ガイドライン. P.13,17,19.
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2020_Kitaoka.pdf(2024年10月参照)
2)ATTRvアミロイドーシスで好発する症状2)
ATTRvアミロイドーシスは、遺伝子変異によりTTR四量体が不安定化し発症します。遺伝子の変異型により出現しやすい症候が異なるとされており、TTRの不安定性が強い場合は、眼・中枢神経型や末梢神経型の症候となりやすく、比較的安定性がよい場合は、心臓型の症候となりやすい傾向があると報告されています2)。

日本循環器学会(編). 2020年版心アミロイドーシス診療ガイドライン. P.14-15,20,24.
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2020_Kitaoka.pdf(2024年10月参照)
以上のように、加齢や遺伝子変異により不安定化したTTRが原因で、ATTRアミロイドーシスでは様々な全身症状を呈します。ATTRwtアミロイドーシスに対する治療法は、ATTRvアミロイドーシスに対するものと異なるため、両者の鑑別はきわめて重要です。
2)日本循環器学会(編). 2020年版心アミロイドーシス診療ガイドライン. P.14-15,20,24. https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2020_Kitaoka.pdf(2024年8月参照)